2012年9月29日土曜日

飯炊きという仕事

山小屋での仕事は沢山あるのだけれど、その中でも大変なことの一つに、飯炊きがある。そう、要はご飯を炊くだけのことなんだけど、これが結構大変なことで、何せ、その量が半端ではない。特に太郎平小屋とか、双六小屋クラスの大きな小屋になると、300人分とか一度に炊くわけで、太郎の場合は飯炊き専用の部屋まである。人一人付きっ切りになって、シーズン中、この部屋で、ご飯とお茶をひたすら作り続けるのである。高天ヶ原では、飯炊き番がご飯とお茶と味噌汁を担当している。まあ、この辺の分担の仕方は小屋によって様々なんだけど、専用部屋というのは太郎以外聞いたことがない。その太郎では、今年はネパールから毎年研修にきているビシャールがこの飯番を担当していた。とにかく、一番早く起きて、最後に翌朝分の米をといで寝るのが飯炊きなので、大変な労働である。まあ、最近は無洗米を使ってたりするので、以前よりは楽になったのかな? 飯炊き三年といって、この大変な仕事に三年間耐えることが、小屋番になるための条件と言われていたのだけれど、最近はちょっと変わってきてるみたい。

飯炊きの仕事の何が大変かというと、山小屋というのは直前までお客の数が不確定で、予約の人数にみたなかったり、逆に予約の倍も来てしまったりすることもある。それと、その時の客層やお天気なんかでも食べる量が全然違ったりする。お天気がよければ、みんな寄り道したりして、たっぷり歩いてくるので、当然よく食べるし、高齢の人と若い人の比率や、男女比でもかなり違いがある。もし、お弁当にご飯を使うようだと、弁当に使うご飯の量も日によってまちまちである。で、ここらへんは、常に変動要因なので、飯を炊く量が非常に読みにくいのです。炊きすぎれば余ってしまうし、逆に足りなければ急遽炊かなければいけないので、厨房がばたばたする。また、シーズン最盛期の一ヶ月は、食事も一回では終わらずに、数回、食堂のお客さんを入れ替えるので、それに合わせて炊かないといけないから、そのタイミングも難しい。

 ほかにも難しい点があって、それは標高。そう、太郎平や黒部五郎で2400メートル、高天原は2100メートル、乗鞍肩の小屋にいたっては標高2700メートルである。そのため、下界のようなお手軽ガス炊飯器というわけにはいかずに、どこも圧力釜を使用している。で、この釜というのは小屋によって様々な物がつかわれていて、水の量、炊く時間等、微妙にくせがあるのである。なので、飯炊き番というのは、その小屋に長期で入るバイトが担当し、その小屋なりの飯の炊き方に小屋開けから徐々に慣れていき、シーズン最盛期にそなえるのです。僕はいつも短期か中期なので、飯炊きは乗鞍肩の小屋でしかやったことないのですが、なかなか気を使う仕事でした。2700メートルの高地だと、ちょっと間違うとご飯に芯が残ったり、逆にびちゃびちゃになってしまったり。

 今日の写真は、高天ヶ原山荘でもう40年間使われている飯炊き用の圧力釜、通称UFO。はじめて太郎平小屋に来た時から噂には聞いていたのだけれど、この形・・たしかに、UFOである。アダムスキー型に似ている(笑)。それはともかく、どういう噂かというと、この釜で炊いたご飯はとにかくおいしい!との噂で、これは、三年前に初めて高天ヶ原でひと夏過ごした時に実感した。今までいたどこの小屋のご飯よりもおいしいのである。実際、この小屋にいると、お客さんに「ここのご飯よく炊けてるね!、おいしいね!」と、褒められることが多い。それに、お客さんばかりでなく、小屋で働く人も毎日食べるものなので、美味しいご飯が炊けるというのは、山小屋では実に大切なことなのだ。

 毎日、おいしいご飯と温泉の日々。目の前には、荘厳な水晶岳と美麗な湧水の湿原。高天ヶ原とはいったい誰が名づけたのか、ここはまさに天上の楽園なのである。

2012年9月23日日曜日

岩苔小谷のイワナ

 高天ヶ原から戻ってからも、東京は、毎日厳しい残暑が続いていましたけれど、今日は最高気温も25度以下で、朝からしとしとと雨が降っています。やっと秋らしい気候になって、しばらくはエアコンも必要なくなりそうです。シルバーウイークは台風と秋雨前線にはばまれて、結局、高天ヶ原へお手伝いに行く機会を逃してしまいました。意外と、九月のお天気って難しいんだよなあ、台風やら前線やらで。せめて、鳳凰小屋の紅葉にだけは行かないとなあ。だいぶご無沙汰しているし。

 今日の写真は黒部は岩苔小谷の岩魚。なかなかの面構えの顔黒尺ものです。薬師沢小屋近辺で釣ることもあるけど、僕はどちらかというと、もっとこじんまりした渓が好きなので、本流でも、五郎沢より上流か、小谷くらいの川幅のところで釣るのが好きです。一日二匹釣ったら釣り終了と決めているので、この日も釣り開始から、10分で終了(笑)、往復するほうがはるかに時間かかってます、はい。岩苔小谷というか、高天ヶ原は、釣りができるのをしらない人も多く、釣り人は全くと言っていいほど見かけませんが、実は岩魚の宝庫です。でも、誰にも教えたくないです。正直、もしこんな処まで一般の釣り人が押し寄せてきたらとおもうと、ゾッとしますので・・・

 釣っていた場所の少し下流には大きな滝があり、本来なら岩魚は登ってこられないのですが「黒部の岩魚を愛する会」の方々がわざわざ本流で釣った岩魚を担ぎ上げて、放流してくれた魚達が今こうして繁殖しているわけです。標高2,100メートルですから、恐らくは日本最高所に棲む岩魚ということになるでしょうか。貴重な魚たちなのです。

 僕は登山歴よりの釣り歴のほうがはるかに長く、以前は、車にロッドを何本も積んで、専用のウエーダーにネットだのなんだの、ガチャガチャとつけたベストを着て、東北をうろうろしていました。ついでに、アメリカやスペインまで釣り歩いていましたが、今ではすっかりここ黒部でひと夏、ちょっと釣るだけで満足してしまいます。装備もパックロッドと、小さなポーチだけです。歳をとって、おれも淡泊になったのかなあ、とも思いますが。それだけ、この黒部の渓流が自分にとってかけがえもなく大切なものなのかもしれません。