2011年11月30日水曜日

第17回 黒部五郎の思い出 その4



■空中庭園

 薬師沢小屋のように、黒部川沿に建つ小屋や、縦走路の途中にぽつりと佇む小屋もあるが、たいていの山小屋は、山とセットになっていることが多い。山頂小屋はその際たるもので、朝・夕焼けの美しさ、連なる山々の眺望が魅力的である。山頂でなくとも、例えば、太郎平小屋は薬師岳の眺望が素晴らしいし、高天原山荘は目前に水晶岳がド迫力で鎮座している。

 一方、黒部五郎小舎からは、雲ノ平方面に視界は開けているものの、黒部五郎岳そのものの全容は見ることができないし、もともとこちらは側はカール側なので、山のボリュームとしては今ひとつ弱いのである。山容ということであれば、太郎平小屋から、あるいは薬師見平から眺めたほうが、山としての形がいいように思う。

 しかし、それにもかかわらず、この小屋で二回目の夏を過ごすことにしたのは、その圏谷(カール)の美しさ故である。涸沢や南アルプスの仙丈ケ岳のカールも見事だし、薬師岳のカールも天然記念物に指定されていてこれまた美しいのだが、個人的にはやはり、黒部五郎岳のカールが別格で、ナンバーワンである。

 小屋から、歩くこと20分。最後の急坂を登り切ると、視界がぽっかりと開ける。岩壁にぐるりと囲まれた、その平坦な空間には、草花が咲き乱れ、そこに、巨大な岩がまさに、ごーろごろとちらばめられている。そして、その真中には、夏でも、雪渓からの雪解け水が小川となって流れていて、この水は一年中枯れることがない。日本で、最高所にある清流であろう。

 なんとも、荘厳で、神聖な空間であり、まさに空中にポッカリと浮かんだ美しい彫刻庭園である。香川県の牟礼町にあるイサム・ノグチ庭園美術館は大好きな空間で、何度も訪れているけれど、やはり、所詮は人の思考と肉体で作られたものであり、この自然のスケール、造形美にはかなわないなーっと思う。

 とにかく、この空間でぼーっとしたい!というのが何度もここを訪れている理由である。以前はこのカールにテント場があったそうで、ここで、寝袋にくるまって、星を眺めながら眠れたら最高だろうなっと思う。しかし、考えることはみな一緖なのか、今でも違法テントの設営が後をたたない(苦笑)来年はぜひ、小屋〆後の紅葉の写真を撮りにいこうと計画している。